|
フランスの思い出
〜パリ〜
2000.9.14〜17

9/14(月)曇り晴れ
今日は、スイスを出て、パリへと向かう。早朝の列車に乗るため、まだ暗いなか、駅へと向かった。AM6:38のインターラーケンヴェスト駅発の列車に乗り、まずはベルンまで行く。そこからTGVへ乗り換えてパリを目指す。と、私たちは、いきなり間違えてファーストクラスに乗ってしまった・・・。荷物を持ってセカンドクラスまで移動するのはちょっとムリ。仕方がないので、ファーストクラスの席につき、ホテルが用意してくれたランチボックスを開け、ゆっくり朝食をとり、タバコまで吸ってくつろいだ。全然車掌がやってこないので、これはラッキーとそのまま居座り、ベルンに着く20分ほど前になって、ベルンのひとつ前の駅に着いたので、そろそろやばいと思い、席を立って荷物を縛り直しに行くことにした。案の定、ほどなく車掌がやってきた・・・(笑)。
そんなこんなでベルンに到着し、無事TGVに乗り換えることができた。ベルンからパリまで約4時間半の長旅だ。
またシャフハウゼンからインターラーケンまでの移動の時のように、『世界の車窓から』を楽しめるかと思ったが、それほどでもなく、ちょっとガッカリ。最初は良かったのだが、そのうち、平坦な同じ景色が繰り返し繰り返し過ぎていくのに飽きてしまったのだ。その上、空が曇っていて、霧がかっていたため、なおさら感動がうすらいでしまった・・・。
列車に乗っている間に国境を越え、フランスに入ると、だんだん眠くなってしまい、とうとう眠ってしまった。爆睡!
そして、PM1:04、TGVはパリ・リヨン駅へ到着した。
ホームに降り立つと、新宿と同じような臭いがした。都会の臭いだ。スイスでいい空気を吸っていただけに、とっても臭く感じた。
ここから今夜の宿トニック・ガールドリヨン・ホテルまでは、徒歩5分。まずは地図で方向を確認し、ホテルへ向かった。このホテルは、日本から旅行会社(JST)に頼んで予約してもらった宿だ。日本円で1人6250円と、今まででいちばん高い宿なので、ちょっと期待してホテルへと足を運んだ。
と、いざホテルに着いてみると、思っていたよりも小さいホテルだった。でも、インターラーケンの宿よりはGOOD!エレベーターが、今にも壊れそうな音を立てて動くのだけは、勘弁して欲しかったけど・・・。
部屋はピンクの壁で、狭いけれどもかわいらしい部屋だった。

今日は、ホテルにチェックインした後、とりあえず銀行に行って両替をし、バスチーユ広場からルーブル美術館へ行こうと思っていたのだが、妹が風邪をひいてしまったらしく、あまり体の具合が良くないというので、ゆっくりホテルで休むことにした。長旅の疲れも出たのだろう。
銀行の帰りにお昼ご飯を買って、薬屋で風邪薬も買い、ホテルに戻った。
部屋で昼食を済ませた後、妹が寝ている間に、私は1人で散歩に出た。バスチーユ広場へ行きそこから川沿いに歩いた。
バスチーユ広場は、フランス革命の火蓋が切って落とされた場所である。現在は、広場の敷石にバスチーユ牢獄の輪郭と平面図、メトロのバスチーユ駅に碑が残っているだけであるが、毎年7月13日の革命前夜祭には、市民が広場を埋め尽くすとのことである。

今日は、夕方までにはホテルに戻り、明日からのパリの予定を考えたりしながら過ごし、早めに床についた。
9/15(金)快晴
今日は、1日パリの街を歩く予定だ。とてもいいお天気になってよかった。
私たちはAM9:00になる前にホテルを出た。朝のパリの街はすがすがしく、気持ちがいい。やや肌寒かったが、それも歩いているうちに感じなくなった。
私たちはまず、ノートルダム寺院まで歩いて行くことにした。シュリー橋を渡り、まずはサン・ルイ島へ。そのままセーヌ川沿いを歩いていくと、すぐにノートルダム寺院が見えてきた。サン・ルイ橋を渡ると、観光客であふれていた。この橋を渡った目の前がノートルダム寺院である。
ノートルダム寺院は、フランスカトリックの総本山である。パリで最も美しいゴシックの建築物の一つである。この建物は、200年の歳月をかけて建てられた。


私たちはノートルダム寺院の中に入り、見学をした。中では、すばらしいステンドグラスを見ることができた。ここは、寺院内でも写真撮影が可能だった。


ノートルダム寺院を出て、そのまま歩いていくと、警視庁・最高裁・コンシェルジュリーを見ることができる。コンシェルジュリーは、大革命のときの牢獄で、1年半の間に2600人もの人がここから処刑場に送られたという。マリー・アントワネットが最後のときを送った牢獄でもある。

コンシェルジュリーの川沿いをしばらく進むと橋が見えてきた。この橋はポン・ヌフ。現存するパリ最古の橋である。映画『ポンヌフの恋人』の舞台としても有名である。
私たちはこの橋を渡り、シテ島(ノートルダムのある島)をあとにした。橋を渡ってすぐがルーブル美術館である。今日はここには入らないが、ルーブル沿いに歩いていくと、かなり大きいことがわかる。


ちょうどルーブルの端、ロワイヤル橋を過ぎたところで右へ曲がり、私たちは庭園へ入った。このチュイルリー庭園を抜けるとコンコルド広場だ。コンコルド広場からシャンゼリゼ大通がまっすぐのびている。遠くに凱旋門も見える。
古代エジプトの象形文字が刻まれた白亜のオベリスクが、この広場のシンボルである。ルイ16世やマリーアントワネットなどが処刑された広場でもある。


この、コンコルド広場に入る手前に公衆トイレがあったので、ちょうどトイレに行きたくなってきた私たちは、勢いよく中へ入っていったものの、途中で男性に止められてしまった。有料だったのだ・・・。パリの公衆トイレは、ほとんどが有料だった。
コンコルド広場からロン・ポワンまでは、シャンゼリゼ大通はとても静かで、気持ち良く散歩ができる。ロン・ポワンから先には大通りの両側にショップやカフェが建ち並び、賑やかな様相を呈してくる。
しばらく進むと、ガイドブックに載っていたZARAというお店があった。ここは、比較的リーズナブルな値段でファッションを楽しめるお店だ。値札には日本円での表示もあった。Tシャツ3000円くらいからある。しかしながら結局私はここでは何も買わずに店を出た。ZARAの先にNAFNAFがあったので入ってみた。日本でのイメージとはちょっと違う感じがした。安くてかわいい洋服が沢山あった。
NAFNAFの先にスーパーがあるので、行こうと思っていたのだが、私たちは知らずにそこを通り過ぎていた。そこで、とりあえず先にランチをとることにした。ランチの後で、もう一度戻ってスーパーに入った。スーパーの食品売り場は楽しかった。おいしそうなお菓子が沢山あった。そこでブラウニーを買ったが、これがなかなかおいしかった。
スーパーを出てから、再び凱旋門に向かって歩いた。凱旋門の前で写真を撮った。思ったよりもデカイ!
凱旋門は、1806年に、ナポレオン1世が建造を命じ、30年の歳月をかけて建てられた記念建造物である。シャンゼリゼ大通の端、シャルル・ド・ゴール・エトワール広場に建っている。
当のナポレオンは、ロシア遠征に失敗し、1840年、遺骸となってこの凱旋門をくぐることになったのだが、ナポレオンが、生きてこれを見れなかったのはさぞかし残念だっただろう。
門の高さは49.54m、幅44.82mである。

私たちは、この後、凱旋門の上にはあがらず、そのまま90度左の通りに入り、エッフェル塔を目指して歩くことにした。クレベール大通りを歩いたのだが、これはちょっと失敗だったかも・・・。というのも、このとおりは、時折CAFEがあるのが見られるものの、オフィス街といった感じで、つまんなかった。だから、エッフェル塔の望めるシャイヨ宮まで、とても遠く感じた。


やっとの思いでシャイヨ宮まで歩き、エッフェル塔を目の前にしたが、えっ???これ・・・?といったかんじで、あまり感動がなかった・・・。あれだけ歩いた割には・・・、という思いもあったからかなぁ?もっとすごいものだっていうイメージも先行してたし・・・。
とはいうものの、エッフェル塔そのものはともかく、シャイヨ宮からの眺めはきれいだった。
エッフェル塔は、1889年のパリ万国博覧会のために建てられたものである。高さは320m。現在では凱旋門と並びパリのシンボルとなっている。
このあと私たちは、イエナ橋を渡り、水上バス(BUTO BUS)乗り場へ下りた。ここから水上バスで、セーヌ川をクルージングがてらノートルダムまで戻る。
とはいえ、BUTO BUSは、遊覧船ではない。市内の移動のための水上バスである。運行期間は4月〜10月である。
切符を買うと、タイミングよく船がやってきた。水上バスの出航を待つ間、暑くて暑くてたまらなかったが、船が走り出すのと同時に涼しい風が入ってきた。セーヌ川の上から、パリの街を左右に見ながら、いくつもの橋をくぐり、これまでの徒歩の疲れを癒しながら、のんびりと船にゆられた。


のんびりとはいえ、思ったよりも早く着いた。こちら側から見るノートルダム寺院もまたとても美しかった。

このあと、私たちは、サンルイ島をプラプラ散歩することにした。
SHOPの建ち並ぶ島の真ん中の通りに入ってすぐ、アイスクリーム屋さんがあった。女の子数人が並んでいたので、その列に加わり、アイスクリームを買うことにした。私たちの前にいた女の子達がゆっくりアイスを選んでいる間に、後ろには長い行列ができていた。
私はキャラメル、妹はホワイトチョコのアイスを買った。どちらもコクがあって、とってもおいしかった。サンルイ島のあちこちにアイスクリーム屋さんがあり、道行く人のほとんどがアイスを手にしていた。
私たちは、しばらくこの辺りの雑貨屋さんなどをプラプラ見て楽しみ、夕方頃、ホテルへと戻った。たくさん歩いたのでとっても疲れた1日だった。
9/16(土)曇り雨
今日は、カルチェラタンの方を周り、初日に行けなかったルーブル美術館に行く予定だ。9:30頃にホテルを出た。
歩いてサンルイ島を越え、まずは、パンテオンへとたどり着いた。これは、行こうと思っていったわけではなく、歩いていたら、たまたま着いたのだ。


パンテオンは、フランスの偉人たちが静かに眠る壮大な神殿である。壮大な建築物のクリプト(地下墓地)には、学者・政治家・軍人・作家といったフランス史に名を残す偉人たちが葬られている。
ガイドブックを見ると、入館料32Fと書いてあったが、特に支払う所もなく、私たちはタダで見学することができた。

パンテオンを出たあと、私たちはリュクサンブール公園へ向かって歩き始めた。この辺りは、ソルボンヌ大学のすぐそばなので、学生らしき若者が多く見られる。
程なくリュクサンブール公園に着いたので、私たちはリュクサンブール宮の真正面に座り、しばらく休んだ。これで、昨日くらい晴れていると良かったのだが、あいにく今日は曇り空で、尚且つ肌寒い。
リュクさんブール公園は、北側に建つリュクサンブール宮殿の庭園として造られたものである。
お昼頃まで私たちは公園内を散歩した。この公園は広くて、絵を描いている老人や、ジョギングしているおじさん、ポニーに乗せてもらっている子供達など。たくさんの人が、思い思いに自分の時間を過ごしていた。
また、この公園の中に、自由の女神像があったが、ビックリするほど小さかった。
公園を出ると、私たちは、レンヌ通りの方へ歩き、サンプラシッド通りへ入った。ここには安い子供服のお店などがある。安いブティックもあったが、私たちには縁のない、年齢層の高いお店が多かった。
途中のCAFEでランチをとり、その後私たちはセーヴル通りをサンジェルマン大通に向かって歩いた。途中でお土産を買ったりしてお店をのぞきながら時間をかけて歩き、サンジェルマン大通に出たところで、妹が具合が悪いというのでベンチに座って休んだ。
ちょうど良いのでパリジェンヌ観察をすることにした。やっぱりおしゃれな人が多い。特に男の子は、いかにもパリって感じの洋服に見を包んでいる。街のあちらこちらではカップルが(若者から年寄りまで)、仲良くいちゃついている(かなりカルチャーショック)。
ふと立ち止まってこうした時間をもつのもなかなか楽しいものだ。
今日はこのあとルーブルまで行くつもりだったが、妹も具合が悪そうだったので、今日もまたルーブル美術館はオアズケ・・・ということにして、早めにホテルに帰って休むことにした。そこからまた、途中で雑貨屋さんに立ち寄ったりしながらホテルへ戻った。
9/17(日)曇り
今日は、メトロを使って、今度こそルーブル美術館に行く。当初の予定では、今日はヴェルサイユへ足を伸ばす予定だったのだが、なんだか疲れもたまってきて遠出をするのが億劫になってしまったので、今日はルーブル美術館をゆっくりまわって、その後はボーっと過ごし、明日ロンドンへ発つ準備をすることにした。
私たちは9:30頃に出て、地下鉄でルーブル美術館へ行った。ルーブル美術館は、古代から19世紀半ばまでという、長い年月の美術品を所蔵している。代々の国王のコレクションやナポレオンの戦利品に加え、一般からの寄贈などもあり、展示作品だけでも2万6000点がある。
すでにピラミッドの前には長い行列ができていた。私たちはその列に加わり、パンフレット(日本語のものがある)を見ながら、入館できるのを待った。入り口で荷物のセキュリティチェックを済ませ、エスカレーターで半地下へと下りる(そこにチケット売り場がある)。チケットは、平日15:00以降と日曜日は30Fで買うことができる。


私たちはドノン翼から入り、まずは2階へと上がった。階段を上がったところで『サモトラケのニケ』を見ることができた。これは、BC190年頃サモトラケ島で発見されたもの。『ニケ』は、ギリシア神話で、神々の贈り物として勝利をもたらすという翼をもつ女神である。


そこから私たちは右側へ回り、『モナリザ』を目指して長い回廊を歩いた。ゆっくりとたくさんの絵画を楽しみながら、ようやく『モナリザ』にたどり着いた。他の絵画と違い、『モナリザ』はショーケースの中に飾られていた。

モナリザの神秘的な表情は、筆を使わず、ダヴィンチ自信の指によってかかれているそうだ。そのあたりもゆっくり鑑賞したかったのだが、ここは、とにかくすごい人だかりで、とてもじゃないが、ゆっくりと鑑賞・・・なんて事はできなかった。
仕方がないので、私達は、人をかき分けてようやくその人山から脱出した。
次に、私達は階段を降りて『ミロのヴィーナス』を見に行くことにした。ミロのヴィーナスは、BC2世紀末のもの。1802年に、エーゲ海のメロス(ミロ)島で農夫によって偶然発見されたものだという。ヘレニズム美術を代表する傑作だ。

同じ階では、この他に、ミケランジェロの『品詞の奴隷』『反抗する奴隷』、カノヴァの『キューピットとプシケ』などをみることができる。


私達はルーブル美術館を2時間ほどで駆け足でまわり、その後再びバスチーユ広場へと戻った。
今日は日曜日なので、開いている店も少なく、街のあちこちでローラーブレードを履いた人々が行き交っている。子供から老人まで・・・。
私達はバスチーユ広場の近くのカフェで生ハムのサンドイッチとケーキを買ってホテルへ戻った。
ホテルの部屋でランチをとり、ホントは今日は川のそばでゆっくり絵葉書を書いたりしようと思っていたのだが、いつのまにかベッドで昼寝をしてしまい、気がついたらなんと夕方5時・・・。信じられない!
私達は、とりあえず、夕食のためリヨン駅近くのレストランに行くことにした。日曜日だが、駅の近くのレストランやカフェは開いていたので、その中の一軒に入った。
私達は、お酒ではなくジュースを飲むことにして、私はパイナップルジュースを頼んだ・・・つもりだった。
いざ運ばれてきて飲んでビックリ!超すっぱい!なんとグレープフルーツジュースだったのだ・・・(笑)。
それでものどが渇いていたのでゴキュゴキュ飲んだ。
ここの店員さんは妙に個性的でそれぞれがいいキャラをしてた。
なんでもない仕草や行動に私達は笑い転げていた。
夕食の後は、ゲラゲラ笑いながら、笑い疲れてホテルに戻った。
さて、明日でパリとお別れだ。明日の朝ロンドンへ向かうのだ。

|